


2025年は、中国人民抗日戦争勝利80周年の年です。「戦略的互恵関係」を包括的に推進することで合意した中国と日本は、歴史にどう向き合っていけば良いのでしょうか。そこには、共に未来を築く上で避けては通れない道があります。
日本には、歴史の暗部から目を逸らさず、約30年にわたり南京各界と対話と交流を続けてきた民間合唱団があります。彼らは何を歌い、なぜ歌い続けているのか。南京の市民たちは、なぜその歌声に耳を傾けたのか。彼らはどんな交流を続けてきたのか。その中には、今後の両国関係へのヒントがあるかもしれません。全5回のシリーズでお届けします。

はじめに〜供養の花 平和の花・紫金草
いまから約30年前、戦争の悲劇を歌にして人々に伝え、平和の花を育てようと呼びかける日本の市民合唱団「紫金草合唱団」が結成されました。
紫金草とは、中国で「二月蘭」と呼ばれる野の花。1939年、南京を訪れた旧日本陸軍衛生材料廠(しょう)の廠長・山口誠太郎医学博士は、されこうべがたくさん残っている古都の姿に衝撃を受けました。懺悔と平和への祈りを込めて、彼は紫金山に咲く紫の花の種を持ち帰り、“紫金草”と名づけ、そして、「南京市民犠牲者の供養の花」「平和到来祈願の花」 として、各地に広めていきました。その志は山口誠太郎さんの逝去(1966年)後も息子・山口裕さん(故人)に引き継がれ、活動は国内外へと広がっていきました。
このエピソードは1990年代に新聞の投書欄で紹介され、児童文学者で当時小学校教員だった大門高子さん(80歳)の目に留まります。そして1998年、大門高子作詞、大西進作曲の組曲『紫金草物語』が完成。これをきっかけに、日本各地で「紫金草合唱団」が結成されました。最盛期には1000人以上が参加し、これまでに1000回以上の国内演奏会を開催。また、2001年には初の南京訪問を実現し、2025年春までに13回の大規模な海外公演を重ねています。
<中国人民抗日戦争勝利80周年記念企画>
平和の花・紫金草が後世に伝えること
シリーズ①「加害を伝える」〜大門高子さん80歳の決意
大門高子さんは1945年7月、栃木県宇都宮で生まれました。生後10日で米軍の空襲を受け、家族とともに火の中を逃れた経験を持ちます。大学では植物学を専攻、卒業後は小学校教員に。
「教え子を再び戦場に送るな」という呼びかけに共鳴する中で、「本当の平和教育には、日本による加害の歴史を伝えることも必要なのではないか」という思いに駆られ、その方法を模索するようになりました。
花に託した願い 「永久の平和を誓う心のよりどころに」
2010年、南京理工大学を訪れる山口裕さん(中央)(写真提供:南京理工大学)
ある日、新聞の投書欄で紫金草のエピソードを知った大門さんは、山口裕さんを訪ねます。そこで山口さんは、「紫金草の花一つ一つに、犠牲となった多くの方々の霊魂が宿っている」「日本国民は、この極めて悲惨で重大な出来事を忘れてはいけない。紫金草の花を日中の永久平和を誓う心のよりどころにしたい」と語りました。山口さん自身もまた、広島で被曝した戦争の被害者です。それでもなお、日本の加害の歴史を伝えようとする山口さんの姿に、大門さんは多くの啓発を受けました。
大門さんが作詞した組曲『紫金草物語』には、副題があります。それは「不忘歴史 面向未来(歴史を忘れず、未来に向かう)」。全12曲の組曲が進むにつれ、紫金草の花が、野に咲く花から殺戮の目撃証人としての歴史の花に、そして、心に咲く平和の花となる過程を描いています。
「人間が人間として生きるには、忘れてならないことがある」
組曲の中のこの言葉には、過去から学んだことを未来へ伝えようとする大門さんの強い意志が込められています。
紫金草合唱団 南京市民に届いた歌声
2001年3月25日、南京入りした紫金草合唱団の一部(右から二人目が大門高子さん)
「花が好き、人が好き、平和が好き」を合言葉に結成された「紫金草合唱団」は、宮城、金沢、関西、奈良、広島など日本各地に広がりました。そして2001年、200人を超える数の団員が初めて南京を訪れ、公演を行うことになりました。
大門さんは出発前の気持ちを、今もはっきりと覚えています。
「石や卵が投げられるのではないか、土下座してから歌うべきではないかと不安でした」
コンサート会場は約1000人を収容する南京市・青春劇場。観客席には大虐殺の生存者である李秀英さん、夏淑琴さんなど、多くの南京市民がいました。
演奏が始まり、村人役が「日本鬼子」と叫ぶ虐殺の場面で、会場は水を打ったように静まり返りました。
「過去のあやまち 忘れぬように 祈りをこめて 花を捧げよう 平和の花 紫金草」
声を合わせて歌う団員の姿に、涙を拭う人。リズムに合わせて頷く人。フィナーレには、大きな拍手が鳴り響きました。その中には、一家9人のうち7人が日本軍に殺害された夏淑琴さんもいました。
「私の家族7人は日本人に殺されました。でも、それは当時の日本軍がしたことで、現在の日本人がしたことではありません。紫金草合唱団の皆さんは、私たちと同じように、あの戦争は誤りだったと深く反省しています。中国と日本は平和で友好的な関係を築かなければなりません」
大門さんは夏さんの言葉や観客の反応に、「南京の人々の懐の大きさに驚いた」といいます。その後も大門さんは合唱団を率いて、毎年のように南京や中国を訪れ、歌で交流し、友を作り、平和を祈り続けました。
2006年、紫金草合唱団を率いて南京で開かれる平和歌会に出席する大門高子さん(右から二人目)(写真提供:南京理工大学)
2017年4月4日、侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館で行われる清明節の供養式に出席する大門さんと団員たち(写真:視覚中国)
南京の范玉栄さん 「歴史を忘れないことは 恨み続けることではない」
その地道な取り組みに心打たれた南京市民の一人が、大門さんと同じ1945年生まれの范玉栄さんです。南京生まれの范さんは、祖母や父親から戦争の話を聞いて育ちました。
南京陥落後、范さんの祖父母は5人の子どもを連れて逃げ惑い、日本兵に襲われかけた長女と、それを助けようとした長男はともに刺殺されました。目の前で二人の我が子を失った祖父はショックで精神を病み、数年後に他界。残された祖母は戦後、遺族として証言を続けましたが、語るたびに気を失うほどの苦しみに襲われたそうです。
范さんは大学で日本語を専攻して教師となり、「戦争の真相を伝えること」「中日友好」をライフワークとしてきました。仕事の合間には旧日本軍の資料や加害証言の翻訳に取り組み、定年後は南京の市民合唱団の団長として活動。「紫金草合唱団」との交流に参加し、平和への思いを表し続けてきました。
2025年3月、南京で大門さんとの再会を喜ぶ范玉栄さん(左)
「日本の皆さんが紫金草に込めた平和への思いに感動しました。歴史を忘れてはなりません。でも、その目的は決して恨みを継続させることではありません。私は平和と友好の思いを持ってくる日本人を歓迎したいと思っています」
2018年、范さんは大門さんの誘いを受け、東京で開催された東アジア文化フェスで紫金草合唱団と共演します。さらに、名古屋や大阪で市民交流活動への参加などを通じて、二人は姉妹のような関係を築いていきました。
戦後80年の重み 平和への信念
戦後80年。南京初公演から24年。この春、紫金草が咲き誇る季節に、合唱団が再び南京を訪れました。参加者は南京初演時の200人から、今回は60人に縮小しました。その平均年齢は75歳、最高齢は88歳。体力の衰えや病気で訪中を断念した人や、すでに亡くなった団員も少なくありません。
2025年3月、侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館で取材を受ける大門高子さん
大門さんも80歳となり、髪は真っ白になりました。数年前には生死を彷徨うほどの大病を患い、闘病は今も続いています。
「以前のように頻繁に南京を訪れることはできなくなるだろう」――そんな思いを、大門さんと団員たちは共有しています。
今、大門さんは記憶の風化を強く危惧し、「戦争を直接知る世代が減り、語ろうとしない人も増えている。今、この時にこそ、戦争の悲惨さを伝え、平和の大切さを学び直さねばならない」と語ります。
『紫金草物語』に続き、大門さんは朗読・合唱構成の中国三部作を創作しました。2作目の『再生の大地』は、新中国による日本人戦犯の教育改造を取り上げた作品。3作目の『花地蔵物語』は国策で動員され、のちに棄民となる中国からの引揚者に焦点を当てた作品です。創作は絵本にまで広がり、1999年に画家・松永禎郎さんと創作した絵本『むらさき花だいこん』はこれまでに18刷。現在は、加賀友禅作家の志田弘子さんとの共創による絵本『花地蔵物語』にも取り組んでいます。
2025年3月、絵本『むらさき花だいこん』を南京の子どもに贈呈する大門さん
「人間は過ちを犯すことがある。同じ過ちを繰り返すことのない生き方を選ぶことが、人として大事なこと。私たちの歌声が、両国の国民の理解と友好のきっかけになることを願っている。歌えなくなるまで、歌い続けたい」
静かにそう語る大門さんの目には、ぶれない決意が宿っていました。
(取材・記事:王小燕、校正:鳴海美紀)
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