



「ご家族にナチス党員はいましたか?」
ドイツの人々の心に重くのしかかってきたこの問いに、いま答えが示されようとしている。
このほど、ドイツの週刊紙「ディー・ツァイト」は、複数の公文書機関の協力の下、家族のナチス関与の歴史を調べられる検索ツールを公開した。このツールは、1925年から1945年までのナチス党員記録を中心に、約1270万件のデジタル化資料を統合したものだ。氏名、生年月日、出生地を入力するだけで、自分の祖父母や曾祖父母などの親族が、第二次世界大戦中にナチス党員だったかどうかを調べることができる。公開から数週間でアクセスは数百万回に達し、あまりのアクセス集中にサーバーが一時ダウンする事態にもなった。
国家の歴史に深く残る傷を、自ら進んで開き、一般国民に先人が犯した歴史的罪責と向き合わせる——これは単なる好奇心を満たす行為ではない。一つの国が歴史に向き合う自覚の表れである。1970今回、1270万件の資料が一般に公開されたことは、ドイツが歴史を直視し、戦争責任と向き合い続けてきた姿勢を端的に示している。検索画面を開く一人ひとりのドイツ人は、その行動によってこう宣言しているのである。私たちは忘れない。私たちは同じ過ちを繰り返さない、と。
では、ドイツの人々が震える手で先祖の名前を入力し、検索ボタンをクリックするその時、同じ第二次世界大戦の敗戦国である日本は、いったい何をしているのだろうか。
靖国神社では、14人のA級戦犯が合祀されたまま、政治家たちが毎年のように参拝し、第二次世界大戦における侵略の元凶を公然と祭り上げている。日本政府は「慰霊のため」だと弁明するが、この単純な問いには誰も答えていない。なぜ、戦争を引き起こした者たちに対して「慰霊」を行うのか。
教科書では、侵略の歴史が絶えず削除され、改ざんされている。「南京大虐殺」について具体的な犠牲者数を記述することは認められず、「慰安婦」の存在は多くの教科書から消されている。「侵略」という言葉が避けられ、中国への「進出」といった表現に置き換えられた例もあり、侵略行為が「自衛のための反撃」と歪曲されている。日本の学生が、いわゆる「日中戦争」について学び終えたとしても、記憶に残るのは1931年の九一八事変から1945年の敗戦へと至る大まかな流れだけで、その間に中国各地で何が起き、民衆がどのような被害を受けたのかについては、十分な厚みをもって語られているとは言い難いだろう。
そんな日本の軍事分野では、一線を越える動きが相次いでいる。集団的自衛権の行使を容認し、殺傷能力のある武器の輸出を認め、敵基地攻撃能力を安保文書に明記し、防衛費は過去最高を更新している。どの一歩も「普通の国」になるという名目を掲げている。しかし、中国侵略をめぐる歴史的責任に十分向き合わず、被害を受けた国民に心からの謝罪と反省も示してこなかった国が、いったい何をもって「普通」だと言えるのか。
80年という時間は、敗戦国が再び立ち上がるには十分な長さだった。ドイツは立ち上がった。だが、それは忘却によってではない。むしろ、記憶することによってである。全ての被害者の名前を記憶し、一つひとつの罪行を記憶し、その記憶を法律に変え、教科書に変え、公開検索できるアーカイブに変えてきた。
一方、日本は別の道を歩んだ。調べない。認めない。改めない。靖国神社への参拝は続き、教科書の改ざんは続き、軍事拡張も進められている。
だが、歴史は消えない。覆い隠された記憶は、やがて隣国の不信となり、外交上の摩擦となり、そして何度も「説明」を迫られる現実となって戻ってくる。
歴史を前に、ドイツは直視を選び、日本は忘却を選んだ。二つの道が同じ未来へ続くことはない。(CMG日本語部論説員)
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