


先日、中国のSNSで新疆の「砂漠米」をライブ販売しているのを見かけました。5キロで2000円ぐらい。「砂漠で稲作?」と聞くと、どこか現実味がないように感じたのですが、好奇心半分で注文してみました。ところが、届いた米を炊いてみると、これが予想以上においしい。粒はしっかりしていて弾力があり、ほんのり自然な甘みもある。食べながらふと考えました。この米はいったいどうやって作られているのだろうか。調べてみると、この一袋の米の背後には、いま進行中の大きな変化があるということがわかりました。
極度に乾燥し、風で砂丘が移動する新疆のタクラマカン砂漠は「死の海」とも呼ばれます。しかし、この広大な砂漠で最近、ある象徴的な出来事がありました。2024年11月、全長3046キロに及ぶ環状の「砂漠縁取りプロジェクト」が完成し、世界最長の防砂グリーンベルトが形成されたのです。これにより、タクラマカン砂漠は「緑の縁」というバリアで囲まれました。

重要なのは、これがゴールではないという点です。最初の“縁取り”が完成した後、すぐに「拡張」と「強化」の段階に入りました。2025年には第2期縁取りプロジェクトが始動し、グリーンベルトは第1期の100メートル規模から数キロ規模へと拡大。「前方で防ぎ、後方で固定する」多層的な立体防御システムの構築が進められています。砂漠対策も、かつての「一本線で防ぐ」方式から、総合的なシステムへと進化しています。「砂漠米」は、まさにこの仕組みの中から生まれた成果の一つです。

「砂漠米」は、流動する砂丘に直接水稲を植えるという意味ではありません。砂漠化した土地や塩害地が体系的な対策によって改良され、そこで農業が展開されています。例えばホータン地区の稲香村では、土壌改良や水源管理、品種選定などを通じて大規模な水稲栽培を実現しています。昼夜の寒暖差が大きく、日照も豊富な土地を利用し、水源は崑崙山の雪解け水が使われており、多くの地域では化学肥料や農薬に頼らず、有機肥料を活用しています。収穫は1ムー(約667平方メートル)当たり約600キロに達し、農民の収入も着実に増えています。つまり、この取り組みは「砂漠を征服する」ことではなく、「土地の生長の力を取り戻す」試みなのです。
私は5年前のある発言を思い出しました。それは、2021年4月22日に習近平主席が気候サミットで提唱した「人と自然の生命共同体を共に構築する」という言葉です。当時、この理念は主に環境ガバナンスにおける価値提案として受け止められていました。5年が経った今、その理念は具体的な形となって現れ始めています。
タクラマカン砂漠で見られるのは、単なる植林ではありません。それは、縁取り・拡張・固定を組み合わせた体系的な管理方式であり、単なる砂漠対策にとどまらず、生態系の修復と農業、さらには産業発展を結びつける取り組みとなっています。環境保護はもはや単なる「金食い虫」ではなく、新たな成長の可能性を秘めたプロジェクトに変わりつつあります。

同じような感覚を、長江流域を取材した際にも感じました。「十年禁漁」政策の施行後に、私は中華チョウザメの放流現場を取材しました。そこには、生態系を回復させるために、流域全体が一度「立ち止まる」という姿を目にすることができました。短期的には収入が減少しても、長期的には基盤を取り戻す。この長期的な展望は砂漠プロジェクトとも共通する考え方――自然を犠牲にして発展するのではなく、生態を回復することで新たな発展の可能性を切り開くという発想があります。

さらに注目すべきは、こうした取り組みが単なる環境保護の枠を超えたものとなっていることです。新疆では、砂漠対策を基盤とした「砂産業」が形成されつつあります。肉苁蓉や甘草、ロブ麻などの薬用植物の栽培面積は千万ムー(約66万ヘクタール)を超え、数十万人の雇用を生み出しています。砂漠を緑に変えることで、人々の暮らしも豊かになっているのです。生態系保護と発展は対立するものではなく、新たなバランスを模索する関係へと変わりつつあります。
気候変動や砂漠化は、今なお世界が直面し続ける難題です。各国はそれぞれの道を模索しており、排出削減を重視する国もあれば、エネルギー転換に力を入れる国もあり、コストや責任を巡る議論も続いています。そうした中で中国のアプローチには際立った特徴があります。理念を掲げるだけでなく、それを具体的なプロジェクトや産業に結びつけ、現実に落とし込む――砂漠を囲む「緑の縁」を、食卓に並ぶ一杯の「砂漠米」につなげること。一見ささやかな変化の積み重ねは、実は発展のあり方そのものの転換につながっているのです。
あの日、砂漠米を食べた私は直感的に理解しました。“変化”とは、報告書の中にだけあるのではない。実際に「味わうことができる」のだと。そしてそれこそが、この5年間、中国が「人と自然の関係」に対して示してきた、最も実感に近い答えなのかもしれません。(CMG日本語部論説員)
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