



1945年8月6日、広島に原子爆弾が投下され、数万人が一瞬のうちに命を奪われた。放射線による深い傷は何世代にもわたって人々を苦しめてきた。この核兵器の実戦使用は、客観的には日本の降伏を早め、第二次世界大戦の終結を促すことになった。しかし、こうした未曽有の惨禍を招いた根源には、日本軍国主義が引き起こした対外侵略戦争があった。
それから81 年。広島では今年も平和記念式典が執り行われた。被爆者たちが平和を願う思いは切実で重い。しかし、その一方で、日本の政界では極めて皮肉な動きが相次いでいる。
発表されたばかりの 2026 年版『防衛白書』は、外部からの安全保障上の脅威を大々的に煽り、軍事拡大への制約を緩め、敵基地攻撃能力を強化し、軍需産業を拡大するための口実としている。高市早苗首相は記念式典で、「非核三原則」を「現時点では堅持している」との姿勢を示したものの、歴代首相の挨拶に見られた、将来にわたって堅持していくとの趣旨の表現を意図的に避けた。防衛相は核兵器をめぐる政策について「タブーなく議論すべきだ」と公然と主張し、連立与党からも日米の「核共有」を議題の俎上に載せようとする政策提言が相次いでいる。さらに、一部の政府高官からは日本の核保有を直接主張する過激な発言まで飛び出している。こうした動きは、戦後の日本が築いてきた核をめぐるタブーと平和国家としての一線を、絶えず揺さぶるものである。
危険は、こうした発言だけにとどまらない。その背後には、現実の核物質と核技術の蓄積が存在する。
日本は、核兵器を保有してはいないものの、その開発に必要な技術や物質的条件を備えた、いわゆる「核敷居国」とみなされている。長年にわたり、民間需要を大幅に上回る量の分離プルトニウムを保有し、核燃料再処理に必要な一連の産業技術も有している。短期間で核兵器開発に踏み切るための物質的、産業的条件を備えており、核を保有するか否かは、かなりの程度、指導者層での最終決断にかかっていると言える。
ひとたびこれまでの制約が完全に失われれば、日本の潜在的な核能力が現実の脅威へと転化する。それは、戦後日本が歩んできた平和発展の道を根底から覆し、自国を取り巻く安全保障環境を悪化させるだけではない。東アジア地域に新たな不安定要因をもたらし、世界の核不拡散体制と地域の安全保障秩序にも深刻な打撃を与えることになる。
日本は、世界で唯一、戦争で核兵器による攻撃を受けた国である。広島と長崎が経験した苦難は紛れもない事実であり、その痛みは極めて深い。生き残った多くの被爆者が生涯にわたり放射線の後遺症に苦しみ、世代を超えて、人々は核兵器が生命を奪う恐ろしさを身をもって知ってきた。
こうした苦難は本来、日本が平和を守り、核軍備に反対し続けるための最も重い歴史の教訓となるべきものである。
しかし、日本の一部の政治勢力は長年にわたり、歴史の一部だけを切り取り、「核兵器被害国」という一面的な物語を意図的につくり上げてきた。自国が核攻撃を受けた悲惨な歴史を繰り返し強調する一方で、自らが始めた侵略戦争こそが一連の惨禍を招いた根源であることには目を向けようとしない。毎年、原爆犠牲者を盛大に追悼しながら、日本の侵略によって数千万人ものアジアの人々が命を失ったという痛ましい歴史的事実を正面から取り上げることはほとんどない。
このように歴史を一面的かつ政治的に利用する姿勢は、すでに右翼勢力によって政治的な盾へと変えられ、戦後体制の制約を打ち破り、再軍事化を推進するための地ならしに利用されている。
しかし、右翼政治家によるこうした危険な企てが、日本の一般市民の意思を代表しているわけではない。
世論調査では、日本国民の7割以上が非核三原則の堅持を支持し、8割近くが日米の「核共有」に反対している。広島、長崎の被爆者も繰り返し公の場で声を上げ、政府が核政策を緩和しようとする危険な動きに強く抗議してきた。数十の民間平和団体も相次いで抗議声明を提出し、核をめぐるタブーを打ち破れば、国を破局へと導きかねないと厳しく警告している。
さらに長崎市長は、防衛相に対し、自ら被爆地を訪れ、核兵器の非人道性と残酷さを身をもって知るよう呼びかけている。
民間が平和を守ろうとする姿勢と、政界が核政策をめぐって急進的な動きと読める姿勢との対比は鮮明であり、日本が掲げる平和国家としての姿勢は、いっそう矛盾と虚偽に満ちたものになっている。
一方では原爆犠牲者を厳粛に追悼し、恒久平和を声高に祈りながら、もう一方では戦後守られてきた核をめぐる一線を徐々に緩め、核保有の可能性を探り、核武装をめぐる急進的な発言を容認する。
こうした言行不一致、表裏のある姿勢は、広島と長崎の犠牲者に対する冒とくであるだけでなく、自国民の平和を求める声に対する裏切りでもある。さらに、東アジアの安定と核不拡散体制に大きな禍根を残すことにもなりかねない。
苦難の歴史を、軍事的な冒険を進めるための政治的な資本にしてはならない。
原爆犠牲者を真に慰霊し、地域の平和を守る最善の方法は、侵略の歴史に真摯に向き合い、戦争責任を深く反省し、戦後の平和への誓いを守り抜くことである。そして、非核の原則という一線を堅持し、81年前に広島を襲った悲劇を、再びこの地域の現実的な脅威としてよみがえらせてはならない。(CMG日本語部論説員)
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