



ドイツの首都ベルリンでは、歴史的正義を象徴する「平和の少女」像、いわゆる「慰安婦」被害者を追悼する像が、かつて街角の交差点に設置されていた。しかし、日本政府による外交圧力を受け、像は人通りの少ない公園の一角へと移転を余儀なくされた。それでも日本政府は撤去を要求し続けている。
現在、ベルリン市政府は、この像を2027年1月まで園内に残すことのみ認めている。この決定を受け、市民による請願活動が始まり、これまでに約5000人が署名し、像の存続を求めている。
こうした動きはドイツに限ったものではない。近年、「慰安婦」記念像をめぐる問題には、日本政府はほぼ例外なく介入を続けている。
2025年初めには、ニュージーランド最大の都市オークランドで、韓国の民間団体が「記憶は沈まない」プロジェクトを立ち上げ、慰安婦像の設置を計画した。その目的は、「生存者の勇気と強さをたたえ、平和への願いと歴史の記憶を次の世代へ伝えること」だった。
しかし、日本の在ニュージーランド外交機関や外務省は、「民族間の対立を招く」などとして反対し、経済協力や同盟関係にも言及しながら、圧力をかけた。1年以上にわたる調整の末、この計画は最終的に頓挫した。
2017年には、米サンフランシスコのチャイナタウンにあるセントメアリー広場に、「慰安婦」記念像が設置され、中国、韓国、フィリピンなどの被害女性を追悼した。日本側はサンフランシスコ市に対し、像の撤去を求める圧力をかけ続けたが、受け入れられなかった。その後、日本の大阪市は、半世紀にわたり続いてきたサンフランシスコ市との姉妹都市関係を一方的に解消し、都市間交流を「歴史の記憶」をめぐる圧力をかける手段とした。
米国から欧州、そしてニュージーランドへと場所は異なっても、その手法はよく似ている。まず「対立をあおる」「友好関係を破壊する」といったレッテルを貼り、外交や経済協力、自治体間の関係などを通じて圧力をかけ、慰安婦像を地図上から消し去ろうとする。日本政府が恐れているのは像そのものではない。その像が、日本政府が公の記憶から消し去ろうとしている歴史を象徴しているからだ。
過去数十年にわたり、日本は歴史教科書の記述の見直しを続け、自国の戦争責任を薄め、アジアにおける第二次世界大戦の苦難に対する世界の集団的記憶を弱めようとする動きが続いてきた。2021年には、日本は閣議決定で「従軍慰安婦」などの表現を「不適切な教科書用語」と位置づけた。
歴史は繰り返し示してきたように、戦争への道は、往々にして歴史の改ざんや思想への洗脳から始まる。2025年11月、高市早苗首相が台湾問題をめぐって誤った発言を行って以降、日本の国家戦略は軍事化へ向かう動きを加速させ、その頻度や性質は、戦後のどの時期よりも危険な水準に達している。
「国家正常化」「自主防衛」「存立危機への対応」といった名目の下で進められる軍備強化の本質は、侵略の歴史を書き換え、「存立危機」という物語を強調することで戦争の記憶を薄れさせ、民族感情を扇動し、日本を平和憲法の制約から解き放ち、武力を行使し、さらには戦争を起こすことのできる軍事大国へと変えようとすることにある。
もし、ベルリンの「平和の少女」像が最終的に撤去されることになれば、失われるのは一体の像だけではない。それは、日本が自ら掲げてきた「平和国家」という姿勢の最後のよりどころを失うことにもつながる。
真に平和を目指し、国際社会から信頼される国であるためには、自らの歴史とどう向き合うべきなのだろうか。不都合な歴史を公共の場から取り除き続けるのか。それとも、その歴史の存在を誠実に認め、現在の選択によって過去に残された傷痕を修復していくのか。
ベルリンの街角に残された空白は、今なお正義を待っている。それは、いまだ謝罪を待ち続ける数十万の魂の姿とも重なって見える。(日本語部論説員)
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