


中国では、2026〜2030年の経済と社会の中期ビジョンとなる「第15次五カ年計画」が、来春の全国人民代表大会で最終決定します。それに先立ち、今年10月に開催された中国共産党第20期中央委員会第4回全体会議では、その骨格を示す「第15次五カ年計画への提案」(以下「提案」)が発表されました。このシリーズでは、今後5年間で中国が進もうとする方向をめぐり、中国の産業政策や日本との経済・貿易関係の発展、省エネと環境技術での協力などの視点から日本人学識者3人に伺った話をお届けします。2回目のゲストは、東京大学社会科学研究所の丸川知雄教授です。
消費拡大政策と民生福祉への支出拡大〜東京大学・丸川知雄教授に聞く〜
丸川教授は、約30年におよぶ中国産業政策の研究者です。今年は夏から秋にかけてサバティカル休暇(大学教員が一定期間研究に専念するための休暇)を利用し、深センに続いて、現在は北京に滞在中です。研究者の視点だけでなく、生活者視点で実感した中国の「暮らし」についてもお話を伺いました。
■「第15次五カ年計画への提案」のここに注目
(1)国内流通の障壁除去図る
まず、「提案」の全般的な感想として、丸川教授は「第14次五カ年計画をほぼ踏襲しているが、力点の置き方に変化が見られる」と言い、とりわけ、消費拡大政策と国民生活(民生)や福祉への支出拡大が強調されている点に注目していると言います。第14次五カ年計画では、需要に見合った製品やサービスをつくるという、いわば供給側の課題が強調されていたのに対し、今回の「提案」では、「消費の振興を強く打ち出し、政府の財政でも公共サービスや民生、社会保障への支出拡大が強調されている」ことが特徴だと指摘しています。
自動車買い替え政策についての説明を受ける市民(浙江省金華市・2025年9月)
また、中国で2025年に始まった子ども手当の支給についても、「この流れの中にある重要な施策」と評価しました。そのうえで、外国との通商関係に影響されにくい体質を築くものとして、「国内大循環」が強調されていた点については、「それ(国内大循環)を妨げているものは結局、需要不足に由来しているため、消費需要の拡大につながっている」と分析しました。
(2)産業政策は控えめながらも「未来産業」強化
対して、産業政策については、「全体として控えめになった」と指摘しながらも、「『未来産業』という2024年に現れた言葉が加わり、量子技術、水素エネルギー、人型ロボット、6Gなどの未来産業の振興も強調された」ことを挙げ、さらに、「提案」の中にある「科学技術政策の部分」にもICやマシニングセンターなど産業政策の内容が多く入っていることに注目しているとも述べました。
自動生産システムで次々と製造される蓄電池(甘粛省酒泉市・2025年2月)
(3)「都市圏同城化」が都市政策の新機軸に
都市政策については、「都市圏の一体化(中国語で『城市圈一体化』)」が初めて打ち出された第14次五カ年計画に続いて、今回の「提案」で「同じ都市群で暮らす人が同じ公共サービスなどを享受できる」という意味の「都市圏同城化」が初めて言及された点を、今後の経済成長にとって意義深いものと評価しました。とりわけ、丸川教授自身がこの8月まで3か月滞在した深センでもその利便さを実体験してきたと次のように話してくれました。
夕日に映える「深中通道」(広東省深セン市・2025年10月)
「深センと中山・広州を結ぶ『深中通道』がありますが、そのルートを使えば地下鉄とバスを乗り継いで、深センから広州の中心部まで行けるので、深センと広州が一つの都市になったことを実感した。これからの5年間、これまで以上に都市間の壁を打ち破ろうという意図が見え、とても有意義なことだ」。
「深中通道」の朝日(広東省中山市・2025年10月)
丸川教授が例に挙げた「深中通道」は、2024年6月30日に開通したバイパスルートです。全長約24キロで、16.7キロの高架橋と6.8キロの海底トンネルで構成されています。この開通によって、広州、深セン、珠江河口西岸の三大都市圏を結ぶ、人口約8000万人の「1時間生活圏」が出現しました。とりわけ、広州市南沙区と深セン市の間の移動は従来の2時間からわずか20分ほどに短縮されました。もっとも、「深中通道」は、現在中国で進められている17の「都市圏同城化」プロジェクトのうちの一例に過ぎません。
(4)長期護理保険制度が普及へ
技能実習を受ける介護士希望者たち(浙江省台州市・2025年11月)
「提案」で言及された「長期護理保険」(日本の「介護保険」に相当)制度の整備動向も、丸川さんの注目点です。
「第14次五カ年計画は介護保険を『慎重に推進』としていたが、第15次五カ年計画の『提案』では『慎重に』という限定が外れた。介護保険の試験地域はすでに49都市に拡大し、介護士の資格認定も始まったからだろう。これも消費拡大と民生福祉の重視と同じ方向性を持った政策だと見ている」。
■「過剰生産」を口実にした保護主義に警戒せよ
「提案」には、中国経済の見通しについて、「基盤が固く、強みが多く、大きな強じん性があり、潜在力が大きい。長期にわたって安定成長を下支えする条件やその基本的な流れは変わっていない」と記されています。
製塩場に設置された太陽光発電パネル(江蘇省連雲港市・2025年11月)
丸川教授はこれについて、「中国経済の課題は供給側ではなく、需要側にある。供給側の力強さと強じんさが変わってないことは、その通りだ」という見方を示しました。その一方で、G7で議題になった中国のいわゆる「過剰生産」問題については、「産業によって中身が全然違う」と指摘し、「過剰生産を口実に『中国バッシング』に走るのは保護主義にほかならない」と、警戒を呼びかけました。
電気自動車(EV)を例に、丸川教授は「中国ではEVの育成政策がすでに終わっており、今後は企業間の競争で優勝劣敗だ」と指摘しました。そのうえで、いわゆる「過剰生産」説には次のような偏りがあるとしています。
「EVや太陽電池、リチウムイオン電池など、中国が強みを持つ分野は、人類の進歩の方向を代表している。EVの生産拡大を止めろというのは、人類の進歩に逆行するものだ」。
■「生活者」として実感した中国の「暮らし」 AIの応用力の高さに驚く
高層ビルが立ち並ぶ広東省深せん市の街並み(2025年11月)
ところで、丸川教授が「生活者」として中国に滞在するのは、20数年ぶりのことです。6か月の滞在期間中は民間のアパートを借り、自炊を通して「生活水準が分かる」ことに、とりわけ喜びを感じるといいます。
そこで得た実感は、「生活の面ではとても豊か」という感想のほか、「食材、外食、タクシー代を含めた交通費など、生活費は日本の3分の1から4分の1。唯一の例外が家賃で、東京と同じ水準」という発見もありました。
第8回中国国際輸入博覧会で行われたユニツリー(宇樹科技)のヒューマノイドロボットによる格闘パフォーマンス(上海市・2025年11月)
日常生活で強くインパクトを受けたのは、AI技術の社会への浸透の速さだそうです。
顔認証を例に、日本では空港や税関など限定的な使用に対して、中国ではオフィスビル、自宅のスマートキー、コンビニ、地下鉄――日常生活のあらゆる場面に溶け込んでいることに留意し、丸川教授は「顔認証のような基礎的なAI技術が社会に広く浸透しているだけでなく、大規模言語モデルのDeepSeekのような新技術も、発表されるやいなや、各種プラットフォームに迅速に組み込まれている。いずれも中国のAI応用力の高さを物語っている」と見ています。
また、さまざまな「人」とも接してきたようです。
「中国の中小企業の経営者にインタビューした際、彼らは自社の技術や事業内容に極めて詳しく、何を聞いても即座に詳細に答えられる。日本では経営幹部が『部門に任せる』傾向があるのに対し、中国の経営者は事業を『自分事』として向き合っている」。
ドローン工場で組み立てを行う作業員たち(安徽省蕪湖市・2025年10月)
■中国の今にもっと知る必要を
社会科学の研究者として、丸川教授にはこだわりがあります。それは、「人間を実験動物のように扱う研究ではなく、研究対象自身の自己解釈に基づいた行動を知る」ことを重視する点です。約30年にわたって自らをひきつけてやまない中国研究の醍醐味については、「中国では産業が発展し続けており、私も常に新しいことを学び、成長できるので、本当に楽しい」と、充実した表情を浮かべながら語りました。
しかし近年は、自身の研究成果が日本で「伝わりにくくなっている面がある」とも話します。「例えば、顔認証の普及や地図アプリから直接タクシーを拾えることなどがどれほど便利なのか、実感がなければ伝わりにくいのだ」と述べ、日本人がもっと中国を訪れ、現状を知る必要性を強調しました。
バスの無料利用のための顔認証手続きを行う高齢者(湖北省襄陽市・2025年10月)
また、中国企業の実力向上により、産業研究のアプローチにも変化が生じていると丸川教授は指摘します。
「2000年代までは、中国の産業を研究する際、日本の現状を基準にして、(中国側の)不足点を分析することが多かった。しかし今では中国が製造業の最先端となった。中国の工場のロボット導入率は日本を凌駕し、自動車生産ではほぼ全自動化を実現した工場もある。もはや日本と比較するより、中国で起きていることを学び、伝えていくことの方が重要になってきている」。
このような変化は、両国企業の付き合い方にも変化を及ぼしています。
「日本企業は、それでも中国で活躍できる分野は何なのかということを考えて実践していかないと、能力を発揮できる場がどんどんと減ってしまう」と丸川教授。とはいえ、液晶パネルに欠かせない偏光板やガラス基板の製造など、日本企業が支えている分野もあります。研ぎ澄まされた技術力で、目に見えないところから中国のモノづくりを支え、両国企業が持ちつ持たれつの協業関係を築いた例は多いと指摘しました。
日本の総合素材メーカー・AGCが深セン市に建設したディスプレー用ガラス基板工場(2024年12月)
今後については、「日中関係が安定している限り、これらの企業の力を強化し、協力分野を拡大することで、両国にメリットが生まれると思う。今後も日中企業が共に成長できる場が増えることを期待している」と語りました。
(取材・記事:王小燕、校正:鈴木、写真:視覚中国)
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