



現役自衛官による中国大使館侵入の事件から3週間が経った。多くの中国人は、日本政府による事件の全容解明や解決がなされぬままであると感じている。日本の市民たちの声も高市政権に無視されたまま、事件は放置されていると受け止められている。
日本警視庁の取り調べでは、容疑者は「中国大使に面会し、日本に対する強硬発言を自制するよう意見する」ことが動機だと供述しており、両国関係の冷え込みが事件の背景にあることを示している。
事件の深層には何があるのか。有識者への取材シリーズ第1回は、カナダ在住のジャーナリスト・コラムニストの乗松聡子さんに話を聞いた。
「薄ら笑い」の衝撃 両国関係に「計り知れない影響」
「ただ衝撃でした。こんなテロがあっていいのかと」――事件の第一印象について、乗松さんはそう話した。連想したのは、1970年の三島由紀夫事件や1936年の二・二六事件などの「狂信的な行動だ」と言う。また、今年3月に東京で相次いで起きた、朝鮮総連への斧投げ事件や池袋のストーカー殺人事件とも共通する「思いつめた極端な行動」だとも指摘した。
また、日本メディアが報じた送検時の容疑者の“薄ら笑い”を見た際には、「気味が悪いと思った。南京大虐殺での『百人斬り競争』や女性を蹂躙した残忍な日本兵の姿を彷彿とさせた」と率直に心情を語る。
送検時の容疑者(写真:CFP)
乗松さんは、「高市首相は中国に対し強硬な発言を繰り返し、日中関係は修復不能と思われる状態に陥っていた。このテロ事件はその中で起こった。それに対し小泉防衛相や木原官房長官は『遺憾』という、責任感の甚だ足りない表明しか行わず、高市首相にいたっては何も言わない」と厳しく批判し、「国際法に反するテロ行為を事実上容認」するような対応により、今後「計り知れない影響があるだろう」と懸念する。
また、事件の背景には、米国の中国敵視政策と日本政府の米国追随があると指摘し、「1990年代後半以降の右傾化に加え、米国の中国封じ込め政策に日本が乗せられた二層構造」と分析し、「米国の外交政策と日米の“属国関係”を抜きには語れない」と断言する。
「個人の暴走」ではない 背景には反中カルチャー
日本ではこの事件を「個人の暴走に過ぎない」とみる世論もある。それに対し乗松さんは、「国家公務員によるテロを矮小化しようとしている」と批判し、その背景には、日本の自衛官教育の中に、侵略戦争であったことを否定し、中国への嫌悪感を醸成するような要素が含まれていると指摘する。防衛大学校の学生が70キロを徒歩で靖国神社に向かう「東京行進」、沖縄戦司令官を顕彰する「黎明の塔」への自衛官による集団参拝など、「自衛隊にはこうした行為を容認・推奨するカルチャーがある」と分析する。
さらに、メディアによる中国ネガティブキャンペーンの影響もあると指摘する。容疑者の「中国に、日本への強硬発言を控えてほしかった」という供述には、「日本はいつも理にかなった存在、中国はいつも反日的で強硬的」という「朝から晩まで流れている」メディアの刷り込みが色濃く反映されていると、その本質を鋭く突く。また、「日本人同士の世間話では、まるで天気の話のように、中国や中国人の悪口が語られる。それを疑問視すると、変な人のように見られてしまう」と、現状の深刻さも指摘する。
「中国ごめん」 中国への偏見がない若者たち
3月28日 新宿でのデモ行進
日本の一般市民の反応は、日本政府の対応とは裏腹だ。3月28日・29日には東京で、「自衛官テロに反対」する大規模な市民デモが二日続けて行われた。「高市謝れ」「中国ごめん」などのシュプレヒコールの様子は、中国メディアでも動画で伝えられ、中国の視聴者からは、「日本にも平和が好きで、道理をわきまえた市民も大勢いる」など、評価する投稿が相次いだ。
カナダから一時帰国していた乗松さんも、デモに参加した。現場で実感したこととして、「若い世代は中国への偏見が少なく、豊かで進んだ中国を色眼鏡なしで見ている」と、「悪いものは悪いと言える、若者の心の純粋さ」と高く評価する。
4月5日 池袋でのデモ行進
一部「謝罪論」に潜む傲慢 根強く残る対中認識の病理
事件後の日本政府の対応について乗松さんは、「誠意は全く感じられない」と言う。その背後には戦前から続く根深い背景があると指摘する。そして、「日本の近代化、帝国化の過程で、『暴支膺懲(ぼうしようちょう、暴れる中国を懲らしめよ)』的な中国への蔑視感が生まれ、敗戦後も残存した。近年の嫌中感情のエスカレートによって、中国は、かりに日本が悪くても『死んでも謝りたくない対象』になってしまったのではないか」と分析する。
東京にある中国大使館
また、メディアの「謝罪すべき」という論調に対しても、一概に評価はできないとして、「リベラル系の新聞には、『このまま謝らないと中国にますます利用される』『今回は謝ってしまったほうがいいだろう』といった言説があるが、その中にさえ傲慢な態度が感じられる」と語る。さらに、「『中国は悪者なのだから、日本が悪いことをしても謝る必要はない』といった異常な前提があるように思える」と、日本社会に根強く残る反中感情の病理に深く切り込んだ。
誤解や偏見を解く努力は戦争阻止の原動力になる
この事件を機に、両国関係がこれ以上悪化しないようにするには、「高市首相自身が、自衛官がこのようなテロを犯したことを真剣に捉え、真摯な姿勢で中国に謝罪し、徹底した再発防止策を講じること。存立危機事態発言の撤回と一つの中国の原則の再確認、中国を仮想敵国としたミサイル基地配備や米国との合同軍事訓練など、戦争に向かう一連の政策を止めること」が大切だと乗松さんは指摘する。
一方で、「現実的に高市政権下では難しい」と現状を冷静に見据え、「日本市民の選択が問われる」と語り、全国に広がる「高市やめろ」デモの行く先を注視する。
4月8日夜の「改憲反対」ペンライトデモ(東京)
4月8日夜には「改憲反対」を訴えるペンライトデモが全国各地で行われた。主催者側の情報では、国会前には3万人が集まり、オンラインのリアルタイム視聴者も含めると10万人が参加した大規模デモとなった。乗松さんは長崎でのデモに参加し、「SNSをみて来た、初めてデモに参加したなど、今までは参加しなかったような層が参加している」ことに気づいたという。高市政権はいまだ60%台の支持率があり、デモの参加者は「まだ少数派」ではあるが、それでも「街頭に出て反対の声を上げる」ことの意義を乗松さんは強調する。

4月8日夜の「改憲反対」ペンライトデモ(長崎)
8日のデモでは、イラン戦争への反対の声が目立った。中国大使館侵入事件直後に比べ、中国への関心が薄れていると感じた乗松さんは、「パレスチナやイランについて声を上げることは大切だが、日本市民が直接できることは限られる。しかし、日本社会で展開されている対中敵視キャンペーンについては、日本市民が直接止める力を持っている。日本の市民たちは日本政府が目の前で戦争を起こそうとしていることを自覚して、それを阻止しなければならない」と訴え、さらに次のように呼びかける。
「阻止できる戦争を阻止するためには、政府やメディアのプロパガンダが植え付けた中国への誤解や偏見を自ら解く努力が必要だ。近くにいる中国人と交流してみたり、実際に中国を訪れたりして、思い込んでいた中国とリアルな中国のギャップを感じてみてほしい。それが戦争阻止の原動力になるのではないかと思う」。
(記事構成:王小燕、校正:鳴海)
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