【観察眼】歴史の記憶と未来志向は両立する——8月15日の中国発信をめぐって

CGTN

8月15日、中国外交部の毛寧報道官は自身のXアカウントに日本語で、歴史を振り返る目的は憎しみを次の世代に引き継ぐことではなく、戦争がもたらした苦しみと歴史の教訓を伝えていくことにあるとの考えを示した。そして、「日本の人々を含む私たち一人ひとり」が歴史と向き合い、軍国主義の過ちを二度と繰り返さず、平和な未来をともにつくっていこうと呼びかけた。

コメント欄にはさまざまな反発も寄せられた。その中でも目立ったのが、1945年当時、中華人民共和国はまだ成立しておらず、日本と戦っていた中国を代表していたのが中華民国政府だったことを理由に、現在の中国と抗日戦争の歴史とのつながりを否定しようとする意見である。このほか、発信そのものに疑問を呈するものや、投稿とは直接関係のない論点を持ち出すものもあった。

確かに1945年9月2日の日本の降伏文書には、当時の中国政府代表が署名している。中華人民共和国が成立したのは1949年である。しかし、「当時の中国政府」と「中国という国家」は分けて考える必要がある。

1971年、国連総会は決議2758を採択し、中華人民共和国のすべての権利を回復するとともに、中華人民共和国政府の代表を「国連における中国の唯一の合法的代表」として承認した。翌1972年、日本政府も日中共同声明において、中華人民共和国政府が「中国の唯一の合法政府であることを承認」し、両国は国交を正常化した。同じ共同声明で、日本側は「過去において日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」と表明した。一方、中国側は「中日両国国民の友好のため」に、日本に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言した。

こうした戦後の経緯を踏まえれば、「1945年には中華人民共和国が存在しなかった」という事実を、そのまま「現在の中国は日本による侵略を受けた中国とは無関係だ」という結論に結びつけることはできない。1949年に中華人民共和国中央人民政府が成立し、全中国を代表する唯一の合法政府となったが、中国という国際法主体そのものが変わったわけではない。

では、今回の発信が示しているものに目を向けてみたい。

中国にとって、かつての日本による侵略戦争は、自国の広い地域が戦場となり、多くの人々が命を失い、平穏な暮らしを奪われた歴史である。そうした経験を忘れず、次の世代に伝えていくことには、今なお重い意味がある。注目したいのは、そうした過去の被害の記憶と、現在の日本人への向き合い方を切り分けている点である。毛寧報道官は「日本の人々」を非難の対象とするのではなく、ともに歴史に向き合い、平和な未来をつくっていく相手として呼びかけている。

戦争で大きな被害を受けた中国が、81年後の日本の人々に示しているのは、過去を理由に対立を深めようとする姿勢ではない。歴史の記憶を、そのまま新たな憎しみへと変えないという考え方である。こうした言葉に耳を傾けることは、過去を乗り越えて未来へ進むための、得難い共通の足場になり得るのではないだろうか。

そして、これに重なる言葉は、日本側の公式な表明にも見いだすことができる。日本政府は1995年の村山談話で、「植民地支配と侵略」によってアジア諸国の人々に多大な損害と苦痛を与えたとの認識を示し、「歴史の教訓に学び、未来を望む」と表明した。中国が訴える「歴史を忘れないこと」と、村山談話が示した「歴史の教訓に学び、未来を望むこと」には、通じ合う部分がある。過去を直視することと、未来へ進むことは両立する。

今回の投稿とは直接関係のない論点を持ち出しても、日本がかつて中国に与えた戦争被害という歴史的事実が変わるわけではない。大切なのは、過去を忘れることでも、過去にとらわれ続けることでもない。歴史から教訓をくみ取りながら、憎しみを次の世代には渡さない。その冷静さではないだろうか。

「歴史を振り返るのは、憎しみを引き継ぐためではありません」

その言葉から始められる未来があってもよいはずだ。(CMG日本語部論説員)

08-18 17:50

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