


この5月、トランプ米大統領の訪中を前に、日本社会に対し、「中米関係には新たな変化が生じている」と警鐘を鳴らす一冊が刊行されました。富坂聰氏の新著『おそるべき中国一強の時代へ』です。一見すると仰々しいタイトルですが、その内容は、中国の現状を極めて冷静に分析し、日本人に「中国とどう向き合うべきか」を問い直すものとなっています。
なぜこの本を執筆したのか。日本社会の中国を見る目に、どのような課題を感じているのか。中日関係の現状をどう打開すべきか。そして、両国は将来、どのような関係を目指すべきなのか。先月、北京を訪れた富坂氏へのインタビューを、3回に分けてお届けします。
第1回は、『おそるべき中国一強の時代へ』の執筆動機に焦点を当てます。
富坂 聰さん
拓殖大学海外事情研究所教授
1964年、愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして雑誌や新聞への寄稿、著作の発表を続ける。2014年より拓殖大学教授。
■「一強」≠「一極」 歪んだ中国像を是正したい
――新著『おそるべき中国一強の時代へ』を執筆されたきっかけを教えてください。
長年にわたり日本と中国を行き来する中で、日本社会に伝わっている中国に関する情報が、あまりにも歪んでいるという危機感を強く抱いたからです。「どうすればそれを修正できるのか」と考え続けた結果、この企画に至りました。
――タイトルに込めた意味は何でしょうか。
タイトルは編集者が提案したものですが、中国が再び強大な国として戻ってくる可能性が非常に高く、しかもそれはすでに始まっている、ということを日本の読者に伝えるには良いタイトルだと思います。
また、より短期的な意味では、「中米関係は今までの関係ではない、新しい世界が始まっている」ということを伝える上でも、インパクトがあると思います。
100年、200年という長いスパンで見れば、中国が世界の中心だった時代の方が圧倒的に長いのです。逆に言えば、私たちの世代は、中国が非常に落ち込んだ「極めて珍しい時代」を見てきただけなのかもしれません。それが、タイトルに込めた裏の意図です。
――「一強」を「一極」や「覇権」と読み替えてしまいがちです。
ここで言う「一強」は、あくまで一つの刺激として使っている言葉であって、中国が目指す形という意味ではありません。私は、中国が覇権を求めているとは思っていませんし、米国が座っていた椅子が空き、そこに中国が座るという意味でもありません。中国が描いているのは、グローバルサウスの意見がもう少し平等に反映される、多極的で多様性を持った世界だと思います。
■向き合うべきは「発展する中国」だ

――日本社会の中国認識に危機意識を持つようになったのは、いつ頃からですか。
危機感はずっとありましたが、特に深刻だと感じるようになったのはコロナ禍(2020年)以降ですね。その時から、日本社会、特にメディアにおいて、中国が「イージーターゲット(叩きやすい相手)」になったように思います。
背景には、米中対立の激化があります。日本から見ると、「米国が叩くなら、自分たちも叩いてもいいだろう」という空気が生まれ、もともとあった中国への不満が、よりあからさまに出るようになりました。
そして残念なことに、日本の商業ジャーナリズムでは、情報の正確性よりも「売れること」が非常に重視されます。日本人の対中感情が悪化する中、メディアが商業的な動機から中国に関するネガティブな情報を発信する。それを見た受け手は「やはりそうなのか」と思い込み、そうした情報がさらに売れるようになる。するとメディアは、さらに同じような情報を作る。そうして、(中国に対するネガティブイメージが)どんどん膨らんでいく。コロナ禍以降、収拾のつかないレベルに来ているなと感じました。
――富坂さんはそこに危機を覚えたのは、偏った中国認識は日本のためにならないと考えたからでしょうか。
その通りです。願望と現実は違います。「中国崩壊論」や「中国経済崩壊論」はずっとありますが、現実に見えているものは違います。中国はむしろ発展しています。世界で評価され、優秀な人材が次々と現れ、経済も発展し続けている、その現実を私たちはどう消化していくのか。日本社会は一度立ち止まって考える必要があると思います。
――この本では、再生可能エネルギーを支える電力インフラ、人型ロボット、空飛ぶタクシー、衛星測位システム「北斗」、第6世代移動通信システム「6G」など、中国の先端技術開発の最新成果が中心に描かれています。このような構成にも、危機感が反映されているのでしょうか。
昨年秋、ちょうど私が中国で取材をして日本に戻った時、日本では自民党の総裁選が行われていました。そこで語られていた政策は、「誰かが悪いから、誰かを攻撃する」というものばかりでした。電力インフラが足りているのか、次のAI競争にどう勝つのか、という政策論争をしている場がない。そのことに、非常に衝撃を受けました。
一方、中国では、AIやロボットをめぐり、米国との凄まじい競争の中で、電力インフラを含め、どう競争していくのかという点について、着々と体制を整えています。中国が米国を相手に本気で戦っていることや実際に起きていることが、日本には伝わっていない。これが、このような構成にした大きな背景です。
■中国認識の「天津飯」化に警戒を

――日本社会にある歪んだ中国認識の根源をどのように見ていますか。
これは非常に難しい問題です。世代によってもかなり違います。特に50代、60代以上の世代にとっては、「日本は中国に経済で勝っている」ということ自体が、自分たちの安全装置、安心装置でした。それが失われていくことに対する焦りや怖さがあると思います。
一方で、もう少し若い世代になると、欧米的な価値観から見て、中国は非常に閉鎖的で、人権面でも遅れていて、不自由な国だという拒否感が大きな要素を占めるようになります。ただ、20代ぐらいになると、また全然違います。かなり偏見なく中国に向き合おうとしています。
しかし、50~60代の人たちにとっては、2010年頃にGDPで中国に逆転され、「まだまだ日本が上だ」と思っていたものが、どんどん削られていく。同時に、日本国内では「失われた30年」と呼ばれる長期低迷が続いている。その中で、自分たちが自信を持てなくなっている最大の理由が中国ではないか、と見ています。
実際には、日本は中国との貿易で多くの利益を得てきました。製造装置を中国に移したことで、日本の生活コストも大きく下がりました。公害も一部解決しました。しかし、そうした点に目を向けるよりも、自分たちが悪くなった理由を中国のせいにする方が分かりやすい。政治もそういう方向に傾いてきたため、多くの人がそう思い込んでいます。
――実態とかけ離れたところで、中国のイメージだけが膨らみ続けてきたということでしょうか。
私は、日本にある中国認識は「天津飯」だと思っています。日本にはあるけれど、中国にはない中国料理がいくつもあります。その代表が天津飯です。
つまり、日本にしか存在しない中国のイメージがあるのです。ある種のイメージによって作られた中国を、日本人は恐れています。私はそれを「天津飯病」だと思っています。
(つづく)
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