人民の指導者 磐石なる初心は世代を超えて

CGTN

中国の指導者である習近平氏は、父親の習仲勲氏から深い影響を受けました。「私は農民の息子だ」――。これは、習仲勲氏が家でよく言っていた言葉です。習仲勲氏は十年一日のごとく、働く人民の本来の姿を常に保ちました。この父親の世代の姿勢は、習近平氏に深い影響を与えました。黄土高原で歩みを始めてから、党と国家の最高指導者になっても、依然として色あせていません。

習仲勲氏は1978年に南の地の広東省の省長に異動した時にも、社会の各階層の実情を把握するために、省内の23の市県を回っただけでなく、秘書と共に身分を伏せて街に出て野菜を買い、出会った人とは面識の有無にかかわらず会話をして、多くの面から現地の状況を理解しました。当時の広東省の梅県の人々はまだ非常に貧しかったのですが、習仲勲氏は地元の幹部に対して「焦眉の急は人々が腹いっぱい食べられるようにして、少しばかりの金額なら使えるようにすることだ」と語りました。当時は習近平氏も夏休みを利用して広東省に来て社会実践に参加し、父親に従って田舎へ調査研究に行きました。

習近平氏は1982年に河北省の正定県で政治生涯を始めました。習近平氏はその時期に、「オフィスでじっと座っていることがない」という印象を多くの人に残しました。習近平氏はしばしば自転車で農村部に行って調査研究をし、街頭に机を置き、現場で地元住民の問題に解答を与えたのです。

習近平氏は新時代を迎えて以来、国政運営のあらゆる方面で人民を中心に据えることを貫き、全国民を率いて小康社会を全面的に築き上げ、共同富裕を着実に推進しています。トイレ革命、ごみ分類、クリーン暖房、食品の安全……。この十数年における2000余りの改革は国民の衣、食、住、交通などの各分野に及んでおり、「国民の生活を幸せにすることは『国之大者(国家の最重要事項)』だ」という理念を生き生きと体現しています。

習仲勲と習近平の親子二世代の共産党員は「大衆の指導者」であることから「国民の公僕」であることまで、それぞれの時代における「答案用紙」において、「国民のために実績を出すことを堅持する」ことについて最も生き生きとした脚注を書き加えました。(非、鈴木)

06-21 14:26

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