【観察眼・特別寄稿】中国はなぜ日本の動向に警鐘を鳴らし続けるのか

CGTN

国際社会には一つの見方がある。すなわち、第2次世界大戦が終わってからこんなに時が流れたのに、中国はなぜ今も日本の歴史問題にしがみついているのかという考えだ。甚だしい場合には、自ら「調停」に乗り出し、中国に「過去を水に流して前向きになれ」と提案する者までいる。日本の一部の人はこの状況を見て、さらに機会を捉えて「小国が大国にいじめられている」といった態度を示して、まるで中国の心が狭いために、「執拗にまとわりついている」かのように装う。しかしこれは極めて重要な「是」と「非」に関わる問題であり、道理と因果関係をはっきりと説明せねばならない。

▲中国は世人のために警鐘を鳴らし、日本の「平和の仮面」を引き剥がす必要がある

1. 日本は歴史を清算せず、反省もしていない

視野を世界地図に広げよう。1868年の明治維新から1945年の第2次世界大戦の終結まで、日本の侵略の鉄蹄は中国を蹂躙しただけでなく、30余りの国家と地域を踏みにじった。範囲の大きさと暴行の残酷さは、世界史の最も暗い1ページと呼ぶにふさわしい。

ところが80年以上が過ぎても、日本はその侵略の歴史を一度も真に反省したことがない。日本の侵略戦争についての深刻な罪の責任を負うA級戦犯は、今なお靖国神社に祭られている。日本の一部高官は各国の反対に遭っても依然として「我が道を行く」であり、毎年悪鬼を拝んでいる。日本政府とメディアはいまだに「8.15」を「終戦の日」と呼んでいる。「敗戦の日」でも「降伏の日」でもなく、ましてや「罪を悔いる日」でもないのだ。これこそが日本特有の「恥の文化」の実像だ。認めさえしなければ「なかった」ことにでき、当然のことながら謝罪や賠償も必要ないのだ。

道義上、さらに受け入れられないことは、日本の一部の政治家と右翼団体による侵略の罪行の意図的な美化と、被害者に対する二次加害だ。日本政府は戦後すぐに原爆投下地に死没者記念碑と公園を建設し、被害者の遺物を展示し、爆発の場面を再現し、「核兵器の恐怖」と「庶民の苦難」を強調してきた。一方では広島などは侵略戦争の中枢的な軍事拠点だったという史実を意図的に薄め、日本が戦争を起したからこそ原爆投下に遭ったという因果関係を回避した。

広島平和記念資料館に展示されている犠牲者の遺物

一部の人々は南京大虐殺を公然と否定し、「南京事件」という曖昧な語を使い、30万余りの罪のない命を奪ったことを「虚構」だとして貶めている。またフィリピン、米国、ドイツなどの国が「慰安婦」記念像を設立することに全力で圧力をかけて妨害し、「慰安婦」を「売春婦」と呼ぶことすらする。

しかし嘘のブーメランは遅かれ早かれ自らに突き刺さる。少し前、海外のSNSプラットフォームである日本人男性が、自分の子が通うインターナショナルスクールが南京大虐殺の歴史を用いて生徒を「洗脳」していると不満の書き込みをした。結果として、各国のネットユーザーがコメント欄で「現場指導」を行い、彼を完膚なきまでに批判したのだ。「自らを被害者とする詭弁(きべん)」は、確かな証拠と正義の怒りの前で、当然ながら崩壊する。

同じく第2次世界大戦の敗戦国であるドイツを見てみよう。ドイツは戦後、ナチスの歴史を体系だてて清算し、教育、司法システムにおける「ナチスの残余物」を排除し、メディアと文化領域において反ファシズム教育を展開し、「戦争はなぜ起きたのか」を根本から反省した。ドイツではさらに、「祖父母がナチス党員だったかどうかの一発検索」も開発され、民衆に家族の歴史を直視させた。ナチスの犯罪に対する清算は「時効の制約を受けず」、100歳の老人であっても依然として責任を追及される。ドイツは数代の人々の行動を通して歴史を正視してこそ、尊重を勝ち取ることができることを証明した。

中国がどうしても歴史にしがみついて放さないのではない。日本が「侵略」と「責任」というこれら最も基本的な問題にさえ答えるのを拒否しているのだ。過去をあえて正視しようとしない加害者が、どうして被害者に「前向きになれ」と言えるだろうか。

2. 日本は「存亡の危機」と叫ぶが

中国は一貫して、非常に寛大で包容力のある国でありつづけてきた。他者に対する当然の善意を欠かしたことは、これまで一度もない。「あなたが越えてはならない一線に抵触しない限り、我々は何でも話し合うことができる」を貫いている。それは日本に対しても同じだ。

悪いのは、日本の一部の政治家がはばかることなく恩を仇で返していることだ。日本の高市早苗首相は2025年11月、国会で、「台湾有事」は日本が「集団的自衛権」を行使するいわゆる「存立危機事態」を構成する可能性があると、公然と宣言した。

この発言は、日本の指導者が1945年の敗戦以来初めて、いわゆる「台湾有事は日本有事だ」と正式の場で公言して集団的自衛権の行使と関連付けたものだった。そして台湾問題において武装介入を試みる野心を初めて表明し、また中国に対して武力による威嚇を初めて突きつけるものだった。高市首相は自民党総裁選に出馬した時期にすでに、台湾海峡の情勢に対して具体的に「サイバー戦」「封鎖戦」「戦争」の3種類の予測を提示し、日本の対応措置をもっともらしく示していた。

忘れてはならない。過去の日本軍国主義はまさに、いわゆる「存亡の危機事態」の名目の下で対外侵略戦争を強引に発動し、「自衛権の行使」を理由に九一八事変を引き起こし、中国に侵略戦争を仕掛け、極悪非道な犯罪に手を染めたのだ。王毅外交部長が述べたように、殷鑑遠からず(戒めとすべき失敗や手本は遠い昔にはなく、直近の過去にある)であり、しっかりと見つめざるをえないのだ。

日本が繰り返し抵触する「越えてはならない一線」は台湾問題だけでない。南海問題もそうだ。一部の国がここ数日、「南海仲裁裁定」が出て10年になると騒ぎ立てた。日本は誰よりも派手に舞い上がり、口を開けば「日本は南海問題の利害関係者だ」と言い、中国が国際社会の法治原則を損ねていると非難した。

これには呆れてしまう。日本はどう見ても南海問題の当事国ではないのに、どこから「利害関係」という言葉が出てくるのか。よもや、第2次世界大戦の時期に中国の南海の島や岩礁を不法に占拠し、資源を大規模に略奪した歴史を今なお懐かしんでいるのでもあるまい。

そして、日本が自らを「国際法治の擁護者」と称していることは、さらに天下の物笑いの種だ。過去の一時期において我々が目にしたのは、日本が頻繁にフィリピンに武器装備を輸出し、日本がフィリピンに軍事力を派遣して演習に参加し、日本が初めて国外で攻撃型ミサイルの実弾発射を行ったことだ。「自衛」の範疇をはるかに超えたこれらの行動は一つの例外もなく、日本の憲法と国際法の規制を突破し、戦後の国際秩序に挑戦するものだ。このような日本が本当に国際法治に関心を持っているのだろうか。日本が真に望んでいることは、南海に介入し、地域全体をかき乱すことだ。

3. 日本が戦争準備を目的に軍拡を推進

日本は長期にわたり国際社会で「平和国家」というイメージを苦心して築き上げ、自らは平和憲法を順守し、永遠に「専守防衛」の良き隣人でありつづけるのみと言ってきた。しかし現実は違う。この「平和国家」は自らの平和憲法を空洞化させることを加速させ、集団的自衛権を解禁し、「新安保法」を制定し、十数年連続で軍事費を増やし、「反撃能力」を強化し、武器輸出の規制を緩和してきた。これらは「専守防衛」を有名無実なものにし、「交戦権」が黙認されることにつながっている。現実として、日本は「新型軍国主義」へと歩を進めている。

日本の防衛予算は年々増加

日本は「平和」を高らかに叫ぶ一方で、他方では軍拡を推し進めている。このような自己矛盾には、なんと前科があるのだ。歴史上、日本はかつて「大東亜共栄」という虚偽のスローガンで侵略を粉飾し、外交の煙幕によって相手を惑わし、真珠湾奇襲という強硬手段を取ったのだ。これは今日と全く同じ手口だ。中国は、日本の「平和への約束」を信じたくないのではない。日本が言うこととやることが完全に別物であることは、歴史において何度も証明されてきた事実だ。

4. 日本は中国を「仮想敵」と見なしている

日本国内では、一部勢力が、「中国は大きく日本は小さい」と扇動することが常態化している。この主張に基づき「中国は必ずや日本の戦略的脅威になる」と断定し、決めつけによる「結論ありき」で中国に様々な罪名を着せている。

国家の規模の大小はこれまで、脅威であるか否かを判断する基準ではなかったことは、注目に値する。中国と日本はすでに2000年以上も付き合ってきたが、中国は常に平和の道を順守し、繁栄の極みにあった時期にも日本に文化と技術を惜しみなく伝授し、近代以降は迫害や抑圧を受けても常に人道精神を堅持し、同情の心を保ち続けてきた。1923年に日本でマグニチュード8.1の関東大震災が発生して10万人余りが死亡した際、中国人民は善良さと共感の心をもって日本に義援金と物資を寄付した。その総額は600万大洋に達した。「大洋」とは当時の中国の銀貨で、「600万大洋」は現在の価値で100億日本円規模に相当するとされる。

中国赤十字会は1923年10月、関東大震災に見舞われた日本に医療チームを派遣した。医療チームが帰国にあたっては、日本赤十字社が歓送した

日本の敗戦後、特に中華人民共和国の成立後、中国は長期にわたり「二つの区分」の方針、すなわち「日本人民と軍国主義者を区別する」「政府の意思決定者と一般官僚を区別する」を堅持し、日本の中国居留民を適切に送還した。中国の庶民は自らが極度の困難な状況にあるにもかかわらず、数千人もの日本人残留孤児を引き取り、彼らを成人にまで育て上げた。中国人民はこれほどまでに寛大で善良なのだ。どうして中国が日本の「脅威」になり得るだろうか。

中国は「前向き」でないのだろうか。日本の一般民衆に対して、中国はずっと「前向き」であり続けた。戦争は日本の一般民衆が引き起こしたのではない。我々は十把一からげに論じて民族対立を煽るようなことをしない。

しかし、「中国は重大な安全保障上の挑戦だ」と叫び、それを口実に再軍事化を謀る日本の右翼勢力に対して、無原則に寛大さを示す「前向き」であることは、いかなるものであれ、日本の右翼勢力の軍国主義を抑圧するための「道義による封印」を解くことを助けることに等しく、同じ轍を踏むことに対する通行手形を中国側から手渡すようなものだ。その結末は想像に難くない。中国にそのようなことはできないし、中国がそのようにすることはない。このことは、歴史の恨みを手放せないからではなく、世界平和を守るためだ。

もし歴史が人の世への警鐘であると言うならば、我々は絶えず警鐘を鳴らさねばならない。正義に関わり、未来に関わり、平和に関わる根本的な問題においては耳をつんざくような覚醒の声が常に存在せねばならない。日本の唯一の活路は、「偽りの平和」の仮面を外し、徹底的に反省し、未来永劫にわたり過ちを繰り返さないことだ。(CGTN特約論説員)

07-15 16:01

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