平和の花・紫金草が後世に伝えること④ 南京大虐殺歴史記憶伝承人と紫金草合唱団員との交流~夏媛さん&曹玉莉さん

KANKANインタビュー

戦後80年となる2025年。7月現在での、南京大虐殺の生存者は26人となりました。侵華日軍南京大虐殺遭難同胞記念館では2022年8月に「南京大虐殺歴史記憶伝承人」認証制度を創設。2025年8月までに、38人が登録され、家族からの被害証言や国際集会での発信、書籍の出版、記念館での解説などを通して歴史の真実を伝えています。

この春、伝承人の夏媛さんと曹玉莉さんは、日本の紫金草合唱団の南京訪問の際、記念館やコンサート会場で団員たちと交流しました。二人に歴史と平和への思いを聞きました。

(左)夏媛さん (右)曹玉莉さん

夏媛さん「祖母からのバトンと平和都市を生きる自負」

夏媛さん(42歳)の祖母・夏淑琴さんは今年96歳。1937年12月13日、家族9人のうち、7人が自宅で虐殺されました。夏淑琴さんと妹は、家族の遺体が放置された家で14日間耐え忍び、ようやく救助されました。組曲『紫金草物語』に登場する「中国人少女」は、8歳で孤児となった夏淑琴さんと重なります。

夏淑琴さんが初めて訪日し、証言活動を始めたのは1994年のことです。そして、その証言を「捏造」と中傷した日本の右翼学者・作家を2004年に提訴。2009年の判決時には、孫の夏媛さんは祖母と共に訪日し、勝訴の歴史的瞬間を見届けました。南京大虐殺遇難同胞記念館の壁には、夏淑琴さんの家族写真も展示されています。大虐殺を生き延びた彼女は、今では19人もの大家族を築き、子や孫、そしてひ孫たちに囲まれ、穏やかに晩年を送っています。

侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館内にある夏淑琴さん関連の写真

夏淑琴さんの現在の家族写真

紫金草合唱団との交流

夏淑琴さんと紫金草合唱団の出会いは2001年春。南京での初公演をきっかけに、夏さんは合唱団が南京を訪れるたびに、対面交流を重ねてきました。今年は孫の夏媛さんが初めて夏淑琴さんに代わり、交流に参加しました。

「今、祖母は私にバトンを託し、平和への願いと記憶を継続してほしいと望んでいます」と夏媛さんは語ります。

今回の交流の場では、夏媛さんが家族の歴史を語りました。沈痛な面持ちで耳を傾け、真剣な表情でメモをとる団員たちの姿を見た夏媛さんは、「彼らも私たちと同じように、戦争は二度とごめんだと思っていると確信した」と言い、「祖母は、『日本の軍人が私の家族を殺した。その歴史は忘れてはならないが、いまの日本の一般市民も平和を愛する人々だ』と話していました」と語りました。その言葉に、目を潤ませる団員もいました。

2025年春  夏媛さんの語りに耳を傾ける紫金草合唱団の団員

歴史記憶の継承 平和への願い

夏媛さんとその息子は現在、「歴史記憶伝承人」として、「歴史を伝えるのは、憎しみのためではなく、未来への教訓のためです」と語ります。

戦時中、日本に持ち帰られた種は、現在の南京理工大学の近くのものだったとされています。子どもの頃、この大学の近くに住んでいた夏媛さんにとって、二月蘭は馴染み深い花です。キャンパスには今も二月蘭が群生しています。夏媛さんは、「この花が紫金草と呼ばれ、今や平和の花として両国の人々に愛されていることがとても嬉しい」と言います。

夏媛さん

今回の南京公演で、組曲『紫金草物語』全12曲を初めて生で聴いた夏媛さんは、「歌詞には懺悔の気持ちと平和への期待が込められていて、非常に深い意義がある」と感じたそうです。そして、「実は、エンディングの『平和の花 紫金草』は、祖母も歌えます。合唱団が二度目に南京に来た時に覚えたようで、よく口ずさんでいます」と笑顔を見せました。

「南京は、特別な歴史的記憶を持つと同時に、平和を伝える使命を担う国際平和都市です。私は南京の一市民として、南京は包容力があり、開かれた、平和的な街であると世界に知らせたい。歴史を胸に抱きながら、中日友好を進めてほしい。南京発の平和の種が国境や世代を超えて、一人ひとりの心に蒔かれていくことを望んでいる。これが、祖母の願いであり、私の心からの願いでもあります」と夏媛さんは締めくくりました。

曹玉莉さん「歴史を忘れず 平和のために手を携えよう」

2023年12月 侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館主催の追悼活動で挨拶する曹玉莉さん

生存者2世の曹玉莉さん(62歳)は、国営企業の管理職を務め上げ、2年前の定年退職後に、「歴史記憶伝承人」として認定されました。今は、語り部としての活動が、最も大切な社会活動になっています。

曹さんの両親は、いずれも大虐殺の生存者でした。南京が陥落した時、母は葦原に身を隠しましたが、日本軍の銃剣で足を刺され、その血は止まることなく流れ続けていたといいます。父は3人の親族を殺害されました。家族の元に戻った弟二人の遺体は、その顔のほとんどが野良犬に食い荒らされた悲惨な姿でした。

「両親の体験を語ると、苦しみや恐怖がよみがえり、時には拒絶反応さえ込み上げてきます。しかし、合唱団員の人たちは、私の話に真摯に耳を傾けてくれた。その表情から、国境を越えた共鳴を感じることができました。彼らもまた、殺戮の歴史を嫌悪し、平和を愛する優しい心を持っていると知ったからです」と曹さんは語ります。

二月蘭から紫金草へ

南京の春を飾る二月蘭(紫金草)の花

曹さんにとって、紫金草(二月蘭)は、中国人の精神を象徴する花です。

「日本軍は12月、南京で6週間にわたる虐殺を行いました。それでも春になると、二月蘭は南京のあちらこちらに咲き誇っていました。それは生きることへ渇望であり、侵略者への軽蔑の念を表しており、中国人の不屈の精神の表れだと思います」

二月蘭の種が日本で「紫金草」と名付けられ、懺悔と供養の思いと共に各地に広がったという実話について、曹さんは、「命への畏怖の念、平和を祈願する気持ちを感じます」と語りました。

曹玉莉さん

紫金草合唱団の南京公演に、曹さんは紫色のドレスで来場しました。演奏に深く感銘を受けた曹さんは、終演後にステージに上がり、団員たちと固く握手を交わし、こう話しました。

「音楽は国境を越える架け橋です。皆さんは真心で文明を伝え、平和を広めています。これこそ両国の国民が共有する思いです。中国も日本も、市民レベルでは平和を願う気持ちは同じだと実感しました」

南京人の「博愛」と「博雅」

戦後80年を迎える今、曹さんは改めて、「歴史を直視しつつ、平和を築くことが大切。中日は東アジアの隣人であり、文化的にも近い。アジアの未来のため、世界平和のため、中日は手を携えて協力すべき」だと訴えます。

2025年春 南京を訪れた紫金草合唱団に家族の歴史を語る曹玉莉さん

曹さんは南京人の気質は、「博愛」と「博雅(教養豊かで上品なこと)」だと誇らしげに語り、「南京は包容力があり、多様な文化を吸収してきた街。6つの王朝の都であった南京には、深い文化的な蓄積もあります。南京は世界中の人々の訪問を歓迎します。共に手を携えて、平和のために努力していきましょう」と明るく微笑みました。

(取材・記事:王小燕 校正:鳴海美紀 写真提供:南京市侵華日軍被害者援助と南京大虐殺歴史記憶伝承協会)

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