



日本の文部科学省はこのほど、2027年度から使用される高校教科書を検定し、採択した。依然として、言葉の使い方によって史実を曖昧に、歴史的責任を相対化、あるいは回避しようとする記述が見られる。こうした教科書のもとで、日本の若者たちが歴史認識の枠組みに囲い込まれ、恣意的な言説に影響されやすくなっている。軍国主義回帰への懸念がますます高まる中、こうした認識の枠組みを乗り越え、主体的で冷静な歴史観を育むことが求められている。
同じ第二次世界大戦の敗戦国であるドイツと日本では、戦後の対応に大きな違いがある。ドイツでは、ナチスによるホロコーストの否定が法律で明確に禁止されており、教科書でも、暗黒の歴史に対する深い反省と体系的な検証が行われている。戦後の歴代政権も、誠実な謝罪や巨額の賠償金を通じて国際社会の理解を得てきた。これに対し、日本では半世紀以上にわたり、一部の右翼勢力が侵略の歴史を「改ざん」しようとする動きが続いている。
日本の歴史教科書における侵略の歴史の美化や改ざんは、決して単なる誤りや記述漏れではなく、一定の方向性をもった修正の積み重ねだとみられる。その手法は主に三つに整理できる。
第一に、侵略という定義付けを言葉の上で回避し、「進出」や「自衛」といった表現に置き換える手法である。1958年に岸信介政権が「中国侵略」を「中国進出」に改めて以降、日本の右翼勢力は「言葉遊び」に十分な手間をかけているように思われる。2016年には、ある出版社の教科書で、「日本による中国侵略」という章題が「満州事変と軍部の台頭」に変更され、「侵略」という文言が使われなくなった。
第二に、戦争犯罪に関する記述を簡略化し、核心的な情報を削除することで、犯罪の深刻さを弱める手法である。南京大虐殺を例にとると、ある出版社の2008年度版教科書では本文中に明記され、極東国際軍事裁判の内容にも触れられていた。しかし、2023年度版では、「南京大虐殺」という表現や、中国側が示す犠牲者数30万人という記述が削除されている。
第三に、侵略の歴史を美化し、植民地支配を「アジア解放」と結びつけるような叙述である。ある出版社の2009年度版の教科書では、日本軍による強制労働を正しく記述し、「アジア解放」という名目を批判的に扱っていたが、2024年度版では、「現地の人々を労働力として動員した」と中立的な表現に改められ、批判的な記述は一掃されている。
こうした右翼史観の蔓延に対し、日本国内でも異議申し立ては続いてきた。歴史学者の家永三郎は、教科書検定をめぐって、数十年にわたり、日本国政府を相手取って裁判を起こし、歴史認識のあり方を問い続けた。また、市民団体も教科書記述の改ざんを批判する活動を行っている。しかし、こうした正義の声は、右翼勢力の主張が広がる中で次第に埋もれつつある。右翼的な歴史観や過激なポピュリズムの影響が、若い世代に深刻に及んでいる。
さらに懸念されるのは、こうした歪んだ歴史教育と現実の極端な行動との関連である。教科書検定が公表された同日、23歳の現役陸上自衛隊員が18センチの鋭利なナイフを持って中国駐日大使館に侵入し、いわゆる「神がみに代わって」と称して中国の外交官を殺害しようとした。この点について、中国・清華大学の劉江永教授は、この人物の成長期が、ちょうど日本が釣魚島をめぐる誤った主張が教科書に盛り込まれた時期と重なっているとし、学校教育の中で間違った認識が形成された可能性を指摘している。さらに、自衛隊の教育においても、歴史への反省どころか、侵略の歴史を美化する教育を受けたとする見解を示している。
過去の歴史に向き合わない国家は、国際社会において、本当の意味での「正常な国家」と評価されることは難しい。今年は東京裁判の開廷から80年にあたる節目の年だ。日本が歴史を改めて見つめ直す機会が訪れている。右翼勢力が構築する情報環境にとらわれない形で、次の世代に真実の歴史を伝えていくことが、日本が過去と向き合い、同じ過ちを繰り返さないための重要な課題といえるだろう。(CMG日本語部論説員)
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