



最近、デンマークのラスムス・ヤーロウ議員がX(旧Twitter)に投稿した内容が、日本でも話題を呼んだ。投稿では、ある国際調査の図表を引用しながら、「中国を“世界最大の脅威”だと考えている国は、どうやら日本だけらしい」とコメントしていた。もちろん、SNSらしい多少誇張された表現ではある。しかし、この投稿が投げかけた問いは決して軽くない。
なぜ日本社会は、これほどまでに“中国脅威論”に敏感なのか。
筆者も気になって関連する国際調査を調べてみた。ロイター通信が報じたデンマーク「民主連盟財団(Alliance of Democracies Foundation)」の調査によると、中国の国際イメージに対する世界全体の評価はプラス圏にある。一方、日本社会では対中警戒感や否定的イメージが依然として非常に強い。なぜこうしたギャップが生まれるのか。理由はそれほど複雑ではない。
まず、日本の一部政治家が意図的に“中国脅威論”を煽り続けていることだ。
近年、「台湾有事は日本有事」といった発言をはじめ、「経済安全保障」の名の下で、中国への警戒を繰り返し強調する政治家が増えている。最近では、片山さつき財務相が中国系電子決済サービスについて「日本の財政や資金管理への脅威になり得る」といった趣旨の発言まで行った。こうした言説の本質は、日本国内に蓄積する不安や閉塞感を“外部の脅威”へ転嫁することにある。
長引く景気低迷、円安、物価高、若者の所得停滞、高齢化――日本社会が抱える問題は決して少なくない。だからこそ、「危険な隣国」という分かりやすい物語は、政治的に利用しやすい。中国を“脅威”として描けば、国民の不満を外へ向けることもできるし、防衛費増額や安全保障政策転換の理由付けにもなる。
もう一つの大きな理由が、日本メディアによる長年の対中ネガティブ報道だ。
筆者が20年以上前に初めて日本を訪れた際、強く印象に残ったのは、新聞の紙面いっぱいに掲げられた「中国人犯罪」という大きな見出しだった。あれから20年以上が経った今も、その本質的な構図はあまり変わっていない。
そして、近年でも「中国崩壊論」「中国経済危機論」といった内容が、テレビや雑誌、ネット上で繰り返し消費され続けている。中には、もはや“無理やり中国を悪く見せようとしている”としか思えない報道も少なくない。
例えば先日、共同通信は、中国の大規模植林に関する報道で、本来語られるべき砂漠化防止や黄砂対策ではなく、「花粉症に苦しむ中国人」という側面を前面に押し出していた。こうした報道が積み重なることで、日本社会には「中国の話題なら、まず批判から」という空気が形成されていく。
実際、日本の書店へ行けば、「危険な中国」「中国崩壊」「中国経済崩壊」といったタイトルの本が並んでいるが、それも見慣れた光景だ。しかし現実には、中国は崩壊するどころか、世界第2位の経済大国となり、新エネルギー車、高速鉄道、モバイル決済、AIなど多くの分野で急速な発展を遂げている。
皮肉なことに、「中国は危険だ」と言い続けながらも、日本社会にとって中国はますます不可欠なものとなっている。化学製品、レアアース、バッテリー、電子部品――日本経済はすでに中国市場と深く結びついている。
それでも“中国脅威論”だけはやめられない。筆者は以前Xで、ある日本人ユーザーのこんな投稿を見たことがある。「日本社会がこれほど“中国脅威論”に執着するのは、戦争責任を本当の意味で清算してこなかったからではないか」。非常に鋭い指摘だと思った。強くなっていく中国を見ること自体に、不安を覚える人がいる。彼らが恐れているのは、今の中国だけではない。それは歴史そのものなのかもしれない。
政治家が“中国脅威”を煽り、メディアが何十年も“中国崩壊”や“危険な中国”を繰り返す――その結果、日本社会には中国に対する集団的な不安感が形成されていく。だが、中国はそうした感情によって発展を止めることはない。本当に問われるべきなのは、中国ではなく、日本社会そのものなのではないだろうか。(日本語部論説員)
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