


武漢にて
10月13日〜20日、「長谷川テル顕彰の旅 武漢・重慶訪問団」が中国を訪れました。戦火の中国で「国際主義戦士」として活動した作家・日本語アナウンサーであり、エスペランチストとして知られる長谷川テル(1912-1947)の足跡をたどり、その思想と生涯を後世へとつなぐことを目的としています。
重慶・テルが勤務していた雑誌社『反攻』の旧址にて
今回の訪問では長谷川テルと夫・劉仁のゆかりの地である武漢と重慶を巡り、武漢ではエスペランチストとの懇談会、重慶では日本軍による大空襲の生存者との交流会や防空壕跡の見学が行われました。
今なぜ、「長谷川テル」なのか。前編では彼女がどんな人物であるのか、その足跡をご紹介します。
■長谷川テルとは?
長谷川テルは、エスペラント名が「ヴェルダ・マーヨ」(緑の五月)。中国では「緑川英子」の名で知られています。
日本にいた頃の長谷川テル(資料写真)
1912年山梨生まれのテルは、17歳で奈良女子高等師範学校に進学。進歩的な思想に接し、エスペラントを学びますが、1932年に治安維持法違反で検挙され、退学処分に。その後もエスペラントの学習を続け、日本エスペラント文学研究会の会員になり、『エスペラント文学』の創刊に参加し、執筆活動を始めました。
1936年、中国人留学生でエスペランチストの劉仁と結婚したテルは、翌年4月に中国・上海に渡ります。しかし3ヶ月も経たないうちに北京で盧溝橋事変が勃発。日本は全面的な中国侵略戦争に突入します。戦火は上海にも拡大し、その惨状を目の当たりにしたテルは、上海のエスペラント雑誌「中国怒吼」に立て続けに寄稿。エスペランチストとして、日本軍国主義を批判し、戦争の実態を世界に伝えました。代表作「愛と憎しみ」では、戦争を起こした日本帝国主義を糾弾し、日本国民に、「誤って血を流してはならない。あなたがたの敵は、海を越えたこちら側にはいないのだ」と、反戦と平和への訴えが綴られています。
重慶の紅岩村革命記念館にある緑川英子・劉仁の写真パネル
その後、武漢・重慶に拠点を移し、日本語による反戦放送や執筆活動を続けたテルは、日本の新聞から「嬌声売国奴」と非難される一方、周恩来氏からは「日本人民の忠実な娘であり、真の愛国者」と高く評価されました。1947年、34歳のテルは幼い子供2人を残して中国東北部の佳木斯(ジャムス)で他界。夫の劉仁は3カ月後に後を追うように病死。ジャムスにある二人の墓には「国際主義戦士」の文字が刻まれています。

1980年には長谷川テルの生涯を描いた中日合作ドラマ『望郷の星』(主演:栗原小巻)が制作され、鄧小平氏が番組タイトルを揮毫しました。中国には今も各地に「緑川英子」を讃える記述が残されています。また、日本では2017年に「奈良・長谷川テル顕彰の会」が結成され、記念行事や出版事業が行われています。
■武漢と重慶〜長谷川テルの文字と声による戦い
武漢・漢口にある旧放送局局舎
今回の訪問団の目的地のひとつである武漢は、テルが日本語による反戦放送の第一声を上げた地です。1938年6月末、郭沫若や鹿地亘の協力で現地入りしたテルは、1931年に勃発した「918事変」の記念日にあたる9月18日、「故国の同胞に告ぐ」と題する放送を行いました。テルはマイクを通して、日本国民に向けて、政府や軍部、財閥に騙されていることに気づき、積極的な反戦行動をとるべきだと訴えました。同年10月26日、武漢が陥落すると、テルは中国の臨時首都だった重慶へ移ります。重慶は1938年2月〜1944年12月までの6年10カ月の長きにわたり、日本による大規模な無差別絨毯爆撃に晒され、少なくとも1万5000人の命が奪われたとされる都市です。
重慶市沙坪坝区にある重慶郭沫若記念館・軍事委員会政治部第三庁の展示パネルから
テルは1938年12月から約7年間、空襲で日常が分断される重慶の只中で生活し、エスペラントと中国語で執筆を続け、日本軍国主義を批判し、戦争の実態を世界に発信し続けました。この間執筆された著作には『嵐の中からささやく声』『戦う中国で』、エスペラントの翻訳本には南京大虐殺を描いたとされる石川達三の『生きている兵隊』などがあります。
(つづく)
後編では、 「長谷川テル顕彰の旅 武漢・重慶訪問団」の参加者にお話を伺い、「なぜ今、長谷川テルなのか」を考えていきます。
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