【観察眼】事実をねじ曲げる前に、まず鏡を見てはどうか

CGTN

最近シンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ会合)で、日本の小泉進次郎防衛相は、「核兵器と戦略爆撃機を大量に保有する国が、そのいずれも持たない日本を『新型軍国主義』と呼ぶのはおかしい」と述べた。

核兵器や戦略爆撃機を持たなければ、軍国主義は生まれないといえるのだろうか。小泉氏のこの論法は、一見すると日本の立場を擁護しているように見える。しかし実際には事実をねじ曲げ、責任を他者に転嫁する論理を極限まで推し進めたものだ。

日本の一部ネットユーザーもこれに呼応し、中日両国の軍事費や空母、ミサイルなどのデータを並べ立て、「中国の軍備拡張の方がはるかに急進的であり、日本は理不尽な非難を受けている」との物語を作り上げている。

しかし、歴史的事実は明白である。かつてアジア各地を侵略し、数え切れない犠牲を生み出した日本は、核兵器も保有しておらず、成熟した実戦型の長距離戦略爆撃機も備えていなかった。それでも軍国主義国家ではなかったと言えるだろうか。

もし小泉氏の基準をそのまま当てはめるなら、世界有数の核戦力と完全な戦略的攻撃システムを有する米国こそ、「世界一の軍国主義国家」と呼ばれることになるだろう。

日本のネットユーザーは中日の軍事力を数字で比較することに熱心だが、肝心な比較基準を無視している。まさに、都合の良い計算にほかならない。

軍事費を測る主要指標とされるGDP比で見ると、中国の国防支出は長年おおむね1.3%前後を維持しており、世界平均とされる約2.5%を大きく下回っている。一方、日本の最新の防衛予算は9兆円を突破し、14年連続で戦後最高を更新した。1人当たりの防衛費は中国の3倍以上で、防衛支出のGDP比も2%に達しており、さらに3.5%への引き上げも議論されている。

装備の性質を見ても違いは明らかだ。中国の空母や中長距離ミサイルは、いずれも領土防衛と外部からの脅威への対応を目的としている。一方、日本は、「準空母」といわれるいずも型護衛艦を改造してF35B戦闘機を搭載可能とし、長距離巡航ミサイル「トマホーク」を大量導入するとともに、射程1000キロ超の極超音速兵器の開発を進めている。さらに、「敵基地攻撃能力」の構築を公然と打ち出しており、防衛予算は攻撃的能力の整備へと向けられている。

戦後の国際秩序と法的枠組みこそ、中日両国の軍事路線の本質的な違いを見極める重要な基準である。

日本の侵略の歴史を踏まえ、「カイロ宣言」「ポツダム宣言」「日本降伏文書」など一連の国際法上の文書は、日本の武装解除を求めた。日本国憲法第9条にも戦争放棄、戦力不保持の理念が明記されている。

しかし近年、日本は相次いで安全保障関連文書を改定し、防衛費を大幅に増額するとともに、殺傷能力を持つ兵器の輸出制限緩和、中長距離ミサイルの配備推進、攻撃的軍事力の強化、機微な核関連物質の保有、さらには平和憲法改正の推進などを進めている。「戦える国」を目指すとの主張も繰り返され、戦後の軍国主義復活を防ぐ制度的な制約は徐々に弱められている。

これに対し中国は、憲法に平和的発展の道を定め、非同盟政策を堅持し、海外に攻撃的な軍事基地を設置せず、他国への侵略を行わないことを一貫して主張している。

歴史認識の歪みこそ、新型軍国主義が再び台頭する思想的な根源である。

第二次世界大戦期のような露骨な侵略拡張とは異なり、日本の新型軍国主義は、より隠蔽的で巧妙な形で合法性の衣をまといながら再び姿を現している。その軍事崇拝を核心とし、対外拡張を志向する本質は変わっていない。

1980年代以降の歴史修正主義の台頭から、教科書記述の改変や侵略戦争の加害責任の希薄化、靖国神社参拝、戦犯の名誉回復をめぐる言説に至るまで、戦後体制の下で抑制されてきた軍国主義的歴史観は再び表舞台へと現れた。

こうした歴史を歪曲する動きが、武力至上主義を掲げる右翼思想を絶えず育み、日本が平和国家としての一線を徐々に越えていく土壌を作り上げているのである。

地政学的な行動に目を向ければ、誰が安定を損ない、誰が平和を守っているかはさらに明白である。

日本は絶えず「中国脅威論」を吹聴しているが、その実態は自国の再軍事化の口実探しにほかならない。台湾問題への武力介入に言及し、南西諸島にミサイル配備を進め、海外で長射程ミサイルの発射訓練を実施し、フィリピンやオーストラリアなどと連携して中国を念頭に置いた軍事同盟づくりを進めるなど、東アジアにおける地政学的対立をあおっている。

これに対し中国は、一貫して対話と協議による問題解決を堅持し、南海での平和的協議を深め、地域経済の一体化を推進している。また、中国は国連安全保障理事会常任理事国の中で最も多くの平和維持要員を派遣している国であり、長年にわたりアデン湾での護衛活動や国際災害救援にも参加し、地域と世界の平和に貢献している。

軍事力の規模だけが軍国主義を判断する基準ではない。民生を顧みず、他国脅威論をあおり、それを口実に平和憲法の改正や軍事的復活を図る動きこそ、より強い警戒を必要とする。

国際社会の懸念や警戒は決して根拠のないものではない。覆い隠そうとする日本の右翼勢力に忠告したい。事実をねじ曲げる前に、まず鏡に向かい、自分こそ当事者でありながら他者を非難していないか見つめ直してみてはどうだろうか。(CMG日本語部論説員)

06-12 18:10

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