【観察眼】戦争を美化する時代への警鐘—日本はどこへ向かうのか

CGTN

「夜陰の陰では、兵隊さんたちが輪を造り、息をこらして私の歌を聞いている。その外側は闇でこそあれ、赤い血の流れる戦場だった。

『海行かば』を歌う。遠くまで聞こえないように、はり上げることもできない小声で兵士たちが唱和した。墨のような空に星がこぼれるように近かった。

しかし、翌日になると、声を合わせて歌った兵士たちが、一つ一つと死体になって墓地へもどって来る。日本人とか日本軍とかいう名前をまったく失い、ただ一個の人間の死体となってもどって来る。

私は死体を葬る手伝いをする間もなく、再び赤い色の夕陽を浴びて、次の戦場に送られた。」

これは、中国で生まれ育ち、日本の中国侵略戦争に翻弄された日本人歌手・李香蘭(本名・山口淑子)が、自著『誰も書かなかったアラブ : "ゲリラの民"の詩と真実』の中で、前線の日本兵を慰問した際の体験を記した一節である。

勇ましいスローガンも、壮大な物語もない。だが、この静かな筆致こそが、戦争の残酷さを露わにしている。

この光景は、本来であれば歴史の殿堂に永遠の警鐘として掲げられるべきものだ。ところが今、一部の政治的論調が戦争を美化し、さらにはその亡霊を呼び覚まそうとしている。私たちは、新たな危険の警笛がすでに鳴り響いていることに、戦慄せざるを得ない。

最近の日本政界は大きく揺れ動いている。高市早苗首相はまず、一連の急進的な主張によって高い支持率を集めた。防衛予算の大幅増額、「安保三文書」の改定加速、台湾海峡への武力介入を示唆する発言、「非核三原则」への挑戦などがそれだ。そして今度は、高い支持率を追い風に、23日の衆議院解散を通して、長期政権の土台を築き、日本を「戦える国」へと推進するための障害を取り除こうとしている。

こうした動きは、日本を着実に戦争の深淵へと近づけている。これらの急進的主張を盲目的に礼賛する支持者たちに問いたい。「あなた方は本当に、“戦争”とは何かを理解しているのか」と。

戦争とは、決して政治家が軽々しく口にするような戦略ゲームではなく、SNSで消費される熱血スローガンでもない。それは、あらゆる「当たり前」を一瞬で失う出来事だ。

沖縄戦や硫黄島の戦いを経験した日本の高齢者にとって、戦争とは、焼夷弾によって焦土と化した故郷であり、逃避行の途中に横たわる無数の餓死者であり、空襲警報の中で永遠に失われた愛する人の顔である。

広島のある被爆者は、原爆投下後に見た光景を「人々の皮膚はぼろ布のように垂れ下がり、まるで“歩く亡霊”だった」と回想している。

戦争はまた、人間性と日常生活を根こそぎ奪い去る。今日のガザを見てほしい。

ニュースで流れるのは、ただの数字の羅列ではない。その背景には、瓦礫に埋もれた子どもの沈黙が、幼子の遺体を抱く父親の絶望が、麻酔のない病院で行われる切断手術が、終わることのない断水と停電が、希望のない明日を迎え続ける恐怖があるのだ。

そこに英雄譚は存在しない。ただ、人間として最低限の尊厳が粉々に砕かれる日常があるだけだ。戦争を煽る者は、これらの光景を直視し、答えるべきだ。これが本当に、自分たちの望む「強さ」なのかということに。

最も皮肉で、最も悲しいのは、日本がこの世界で唯一、核兵器による攻撃を受けた国であるという事実だ。本来ならば、戦争と核の恐ろしさを、誰よりも深く、骨身に刻んでいるはずである。

それにもかかわらず今日、「非核三原則の見直し」や「核保有の議論」といった声を上げている。これは原爆の犠牲者への裏切りであり、二度と戦争の惨禍を繰り返さないと誓った平和憲法の初心からの逸脱にほかならない。

最も恐ろしい戦争は、時として最も熱狂した民意から始まる。

政治家が「支持率」を政治ギャンブルのチップとして使い、障害を一気に排除して急進路線を推し進めようとするとき、すべての国民は背筋を凍らせるべきだ。あなた方の手にある民意は、やがて自らに放たれるかもしれない弾丸へと鋳造されつつあるのだから。

ノンフィクション作家の澤地久枝氏は、東京新聞の太平洋戦争勃発80年特集(2021年12月)の記事で、こう問いかけている。

「戦争って遠くの出来事じゃない。日常的なことなんですよ。食べるものがなくなり、愛している人が殺される。それに耐えられますか?」

ここで改めて、高市首相の支持者たちに問いたい。あなた方は、それらの代償に本当に耐えられるのか。「強さ」という虚像のために声援を送る前に、ほんのひととき立ち止まってほしい。祖父母の記憶の奥底に今なお鳴り響く空襲警報に耳を澄まし、広島平和記念資料館に展示された焼け焦げた自転車を見つめ、時空とスクリーンを突き抜けて届く戦火の叫びを感じてほしい。

そして、自分自身に問いかけてほしい。

警報が鳴り響くとき、自分は今、持っているものすべてを失う覚悟ができているか、と。(CMG日本語部論説員)

01-27 17:16

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